陈年往事 · blog

蓮池の月明かり

1,148 words 3 min read #随筆#日本語#月明かり

ここ数日、心がどうにも落ち着かなかった。部屋の中に座っていても、空気が少し重く感じられ、考えごとばかりが窓辺にたまっていくようだった。妻は奥で子どもを寝かしつけている。庭はしだいに静まり、夜の気配だけが残った。私は薄い上着を羽織り、蓮池の方へ歩いてみることにした。

小径はいつもの道だったが、夜になると別の道のように見えた。木々の影が地面に長く落ち、月の光が枝のすき間からところどころにこぼれている。葉が風に触れるたび、かすかな音がした。遠くで誰かが本のページをめくっているような音だった。

夜の小径

昼間なら何でもない道も、夜には深さを持つ。明るいところと暗いところが交互に現れ、足もとは静かに前へ続いていた。人影はない。ひとりで歩いていると、昼間まとっていた役割が少しずつほどけていくようだった。

私はにぎやかな場所も好きだが、静かな時間も好きだ。人といることも必要だが、ひとりでいることもまた必要だ。この夜の静けさは、私に何も求めなかった。ただ歩いていればよかった。

蓮池

やがて蓮池が見えてきた。水面には蓮の葉が幾重にも広がり、夜の中で深い緑のかたまりになっていた。葉は葉に寄り添い、丸い傘をいくつも並べたようにも見える。その間に白い花が立っていた。開いた花もあれば、まだつぼみのままの花もある。

風が池を渡ると、葉がかすかに揺れ、花もそれに合わせて震えた。香りは強くない。けれど、ふと気づくとそばに来ている。遠くから聞こえる歌のように、淡く、消えそうで、しかしたしかにそこにあった。

月明かり

月の光は水のように静かに降り、蓮の葉と花の上に広がっていた。池の上には薄い靄がかかり、すべてが一枚の紗を通して見えるようだった。はっきり見えるのに、現実そのものではない。そんな不思議なやわらかさがあった。

岸辺の木の影は、濃いところも淡いところもあった。まるで乾ききらない墨絵のように、光と影がにじみ合っている。景色は動かないようでいて、長く見ていると、どこかで静かに息をしているように思えた。

蓮を摘む歌

その景色を見ているうちに、昔の蓮摘みの歌を思い出した。南の水辺で、小舟が蓮の葉の間を進み、若い声が笑い合い、歌が水面に揺れていく。そんな情景は私から遠いものだったが、目の前の蓮池が、一瞬だけそれを近くに引き寄せた。

けれど、想像は想像にすぎない。今夜ここに舟はなく、歌もなく、人の姿もない。ただ月明かりと蓮池、そして池のほとりに立つ私がいるだけだった。にぎわいは遠い場所にあり、この静けさは今ここにある。それで十分なのかもしれない。

帰り道

私は来た道を引き返した。木の影は相変わらず黙っていて、月の光も変わらずやわらかかった。胸の中のもやもやがすっかり消えたわけではない。それでも、夜の空気に少し洗われたような気がした。

家の前まで戻ると、中は静かだった。子どもはもう眠ったのだろう。戸を開けて日常へ戻る。そのときも、蓮池の月明かりはまだ心の中に残っていた。薄く涼しい光として、しばらく消えずにそこにあった。

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